ビヨンセとグラミー賞:音楽ライター池城美菜子が紐解く
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ビヨンセとグラミー賞:音楽ライター池城美菜子が紐解く

思い切っていう。グラミー賞選考委員会はビヨンセについて行けていない。
 
 このページを覗きにきてくれた人は、「ビヨンセ、好き」なのは前提として、「ビヨンセになりたい」と思う人は、どれくらいいるだろう。「ビヨンセにはなりたくない」なんておこがましいけれど、実際、私はそう感じている。だって、世界最強のスター、ビヨンセで居続けることは、めちゃくちゃ大変そうだから。


 3月14日に行われた第63回グラミー授賞式を観ながら、その想いを強くした。この夜、ビヨンセは9部門でノミネートされたうち、4つを受賞。これでグラミー賞受賞回数が合計28と、歴代では2位、女性としては1位となった。ちなみに、全体の1位はクラシックの指揮者、ピアニストのゲオルク・ショルテ(故人)、2位をタイで分け合うのがマイケル・ジャクソンと歴史を作った大プロデューサーのクィンシー・ジョーンズ。アメリカの新聞も「女性で1位」を強調しているが、この場合、「マイクを持つアーティストで1位」がすごいのではないか。今年まで同じ立場で最多記録をもっていたのはカントリーのアリソン・クラウス。カントリーにあまり馴染みがない私でも知っている素敵な歌声のもち主だが、ソロアクトとしてはビヨンセより10年以上キャリアが長い点を考えると、ギリ30代のビヨンセはぶっちぎりのトップなのだ。

 グラミー賞最多受賞アーティストとなったのは、まちがいなく偉業だ。それでも、日本時間で15日の月曜日にグラミー賞が終わったとき、私はとても悲しかった。理由はシンプル。「ブラック・パレード」が最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞を逃したから。実は、彼女が主要4部門を受賞しているのは1回のみ。2010年にサード・アルバム『アイアム…サーシャ・フィアース』からの「シングル・レディース」で最優秀楽曲賞を受賞して以来、大きな賞はもらっていないのだ。セルフ・タイトルの5作目『ビヨンセ』は最優秀アルバム賞をベック『モーニング・フェーズ』に、6作目の『レモネード』にいたっては、最優秀アルバム、最優秀楽曲、最優秀レコードの3部門ともアデル『25』に譲っている。

 ここ20年強で彼女がエンタメ界にどれくらい大きなインパクトを与えたかを考えると、「主要部門一つだけは、少ないかも」と感じる人は多いだろう。実は、今年のグラミーは、2001年にデスティニーズ・チャイルド(以下、デスチャ)として「セイ・マイ・ネーム」でビヨンセが初めてグラミーに参戦してから20周年だった。すべての賞レースは、「あちらが立てばこちらが立たず」が命運であり、「ビヨンセが大きな賞をもらってないの、ひどい!」と言い切れるほど話は単純ではないのはわかっている。今年のように、受賞者がずっと年下のビリー・アイリッシュやH.E.R.だったりすると、目くじらを立てるのは大人げないとも思う…のだけど。


 ここで、筆者の立場を明らかにしておきたい。1998年、デスチャのセカンド・アルバム『ライティングズ・オン・ザ・ウォール』がリリースする直前のインタビューにライター兼通訳として半日ついて以来、熱心だが少し厳しめのビヨンセ・ファン、ウォッチャーを自認している。R&Bグループのデスチャに思い入れがあるため、ポップに大きく舵を切ったサード・アルバムはあまり評価できなかったし、「歌が巧すぎて、つまらない曲もそこそこいい曲に聴こえてしまう」という、弱点と呼ぶにはあまりに申し訳ない問題点も、事あるごとに指摘してきた。要は、「何様?」系のファンなのだ。


 このまま「何様?」目線で、なぜビヨンセが主要3部門に縁がないか、分析してみたい。シンガーとしてビヨンセは、ゴスペルがベースにある伝統的なR&Bの唱法を得意としており、その歌唱力がもっとも光るのはテンポを落としたバラードだ。一方、夫のジェイ・Zに仕込まれたと言われるラップのスキルも相当で、本質的に非常に「黒い」声を聴かせるアーティストである。本人もそれを自覚したのか、2011年の『4』はブラック・カルチャー版懐メロ大会で、ポップ路線を弱めた。『4』は、ビヨンセの作品にしては評価が高くないが、ブラック・ミュージックを系統的に聴くタイプの音楽ファンにはたまらない曲がつまっている。2010年代のR&Bを大きく転換させたフランク・オーシャンにビヨンセが憑依している、隠れ名曲「アイ・ミス・ユー」も収録されているので、それほど聴き込んでいない人は、この機会にぜひ。


 2013年暮れにリリースしたセルフ・タイトルの『ビヨンセ』は、ショート・フィルムと呼んだほうがしっくりくる完成度の高いヴィデオをともなったヴィジュアル・アルアムで、音はぐっとヘヴィに、実験的な方向にシフトした。その結果、2015年の第56回グラミー賞では、5部門にノミネートされる。最優秀アルバム賞は、サム・スミスと並んで本命視されていたのが、大穴だったベックがさらった。この時、2009年のVMAに続き、カニエ・ウェストが「ビヨンセがもらうべきだ」と発言。ベック本人に進言する暴れん坊ぶりを発揮してニュースになった。何も悪くないベックは気の毒だったが、世界中が「え?」となった直後だったので、ガス抜きになった面もあったかもしない。


 『ビヨンセ』で、アーティストとしてひとつの頂点を極めたかのように見えたのが、2016年の『レモネード』で自分の傷をさらけ出して、世間を驚かせた。先行シングル「フォーメーション」の歌詞が黒人の混血である自分を誇りに思う力強い内容だったため、「黒人性を押し出した」とよく評される作品だ。その側面もありつつ、ジャック・ホワイトとジェイムス・ブレイクも招き、ビヨンセの音楽にさらに奥行きが出たアルバム だ。

 念のために記すと、コーンロウの編み込みヘアーで出てきて以来、ビヨンセは自分を「白人っぽく」見せたことはない。母親のティナ・ローレンス(離婚前はノウルズ)さんが作っていた初期の衣装や、そこから派生したブランドのHouse Of Dereonもターゲットは黒人やラティーノを指す「アーバン」であり、スピーチでも南部訛りを隠さない。髪をブロンドに染めていたのも、ガールズ・グループでよくある個々のメンバーの差別化の一環だ。彼女みたいに様々な人種が入っている人は、季節によって肌色がだいぶ違う点も指摘したい。ただ、大物になるにつれ、歌詞に気持ちを投影するファン層が広がり、新しいファンは彼女の黒人性を見過ごしていたのではないか。

Survior JK写


 音楽的には、2000年代のビヨンセと周りを固めるチームに、黒人のアーティストが歌うと自動的に「R&B」にカテゴライズされる風潮に抗っていた部分はあるだろう。これは、大先輩のパティ・ラベルやティナ・ターナーも通った道だ。2010年代は、ジャンルがどんどんミックスされ、ラッパーは器用にフックを歌い、アデル、サム・スミスらがR&Bにしか聴こえないヒット曲を出すようになる(後者のトレンドを00年代に始めたのは、ジャスティン・ティンバーレイク)。そして、2010年代のビヨンセは、自分がやりたい音楽に忠実になった結果、「黒い」と受け取られるケースが増えた。だが、「ポップかR&Bか」などと簡単に分けられないほど、彼女は多面的で複雑なアーティストだと思う。


 一方、アメリカのアーティストらしく、政治的、社会的に必要とあればスーパースターである自分の立場を有効活用する。2016年、スーパーボウル・ハーフタイムショーにおける「フォーメーション」で、公民権運動に活躍した政治団体、ブラック・パンサーを思わせる衣装をダンサーに着せて物議をかもした。もっとも、2013年に名前がついたブラック・ライブズ・マターの動向に気を配っていれば、とくに驚くような演出ではなかったのだが。その前年に、ファレル・ウィリアムがグラミーで「Happy」をパフォーマンスした際、BLMの契機となった犠牲者、トレイヴォン・マーティンを象徴する黒いフーディーをダンサーに着せたのだが、それの意味に気づいた人は少なかったのだ。

 話をビヨンセとグラミーに戻そう。だれが受賞するべきかの公平性を議論するのは不毛だと思いつつ、指摘したい事実がある。すでに20年が過ぎた21世紀において、R&Bやソウルとカテゴライズされる曲が、最優秀レコードを獲ったのは5回。受賞アーティストは、エイミー・ワインハウス、アデルが2回、サム・スミス、マーク・ロンソンとブルーノ・マーズである。同じく、R&Bやソウルに入る最優秀アルバムは3作品で、アデルが2回、ブルーノ・マーズが1回である。最優秀楽曲賞になると増えて、半分がR&Bの要素が入った楽曲が受賞している。ただし、黒人のアーティストはビヨンセ本人を含めてアリシア・キーズとH.E.R.だけ。安易に「差別」という強い単語を使いたくないが、ビヨンセにたいしてグラミーを主催するレコーディング・アカデミーはハードル設定が高いとは思う。これは、LAタイムズもまったく同じことを書いている。
ow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> 話をビヨンセとグラミーに戻そう。だれが受賞するべきかの公平性を議論するのは不毛だと思いつつ、指摘したい事実がある。すでに20年が過ぎた21世紀において、R&Bやソウルとカテゴライズされる曲が、最優秀レコードを獲ったのは5回。受賞アーティストは、エイミー・ワインハウス、アデルが2回、サム・スミス、マーク・ロンソンとブルーノ・マーズである。同じく、R&Bやソウルに入る最優秀アルバムは3作品で、アデルが2回、ブルーノ・マーズが1回である。最優秀楽曲賞になると増えて、半分がR&Bの要素が入った楽曲が受賞している。ただし、黒人のアーティストはビヨンセ本人を含めてアリシア・キーズとH.E.R.だけ。安易に「差別」という強い単語を使いたくないが、ビヨンセにたいしてグラミーを主催するレコーディング・アカデミーはハードル設定が高いとは思う。これは、LAタイムズもまったく同じことを書いている。

 『ビヨンセ』と『レモネード』に対する一般的な評価の高さは、ビルボードやローリング・ストーン、ピッチフォーク、イギリスのガーディアンなど、影響力のある音楽メディアや新聞の、年間ベストや10年をまとめたディケイド・ベストをチェックすると一目瞭然だ。もう、レコーディング・アカデミーがビヨンセの音楽の革新性について行けていない、と思うほうが自然だ。今年、主要2部門から漏れた「ブラック・パレード」は、ビルボードのホット100で1位になっている(受賞したビリー・アイリッシュは最高8位、H.E.R.はR&Bチャートで最高20位)。2020年のモンスター・アルバム、ザ・ウィークエンド『アフター・アワーズ』と同アルバムの収録曲もガン無視されているので、グラミー賞はチャートと関係ないと言われればそれまでだけれど、独自路線が激しくて、私はグラミーについていけない。


 ところで、グラミー賞を最多受賞した男性アーティストは誰かな、と思って調べたら、なんとビヨンセの夫のジェイ・Zの23回だった(うち、6つが嫁絡み)。グラミー賞のラップ部門の扱い方に抗議して、ボイコットしていた時期があるにもかかわらず、である。今年のグラミー賞で、ビヨンセの偉大さを確認したのは、賞の数よりも、最優秀R&Bパフォーマンス賞が決まったときのテイラー・スウィフトの喜びようと、ミーガン・ジー・スタリオンのスピーチだ。ふたりとも、ビヨンセにたいする憧憬、彼女の背中をみながら音楽を続けていた気持ちがあふれていた。ビヨンセ本人の、「(2020年は)黒人の同胞にとって本当に大変な年でした」と涙ながらに始めたスピーチもすばらしかった。レコーディング・アカデミーがビヨンセを正当に評価しないなら、私たちがしつこいくらい称え、聴き続けようと思う。

文:池城美菜子(音楽ライター)


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